エージェント型広告、実装の年へ:CES 2026で明かされた「自律的交渉」の全貌とロードマップ

2026年の幕開けと共に、デジタル広告業界は「自動化(Automation)」から「自律化(Autonomy)」へと完全に舵を切りました。

前回の記事では、IAB Tech Labが主導するARTFと、新興勢力によるAdCPという2つの規格の対立構造について解説しました。しかし、ラスベガスで開催されたCES 2026を経て、状況は「規格争い」というフェーズを超え、実稼働するプロダクトによる「実装競争」へと突入しています。

本記事では、ニューヨークで開催されたAgenticAdvertising.orgの初ミートアップの模様や、IAB Tech Labが発表した最新ロードマップといった業界動向をアップデートすると共に、CESで発表されたYahooやWalmartの具体的なソリューション、そして多くのマーケターにとってブラックボックスである「自社エージェントと検索エージェントの交渉メカニズム」について詳説します。

1. 標準化の現在地:対立から「レイヤー分担」へ

2025年末から2026年初頭にかけて、標準化を巡る動きは急速に具体化しました。

AgenticAdvertising.orgの初動とコミュニティの熱量

2025年後半、ニューヨークにてAgenticAdvertising.org(AdCP推進団体)による初のコミュニティミートアップが開催されました。250名を超える業界の主要プレイヤーが集結したこのイベントは、AdCPが単なる仕様書ではなく、YahooやPubMatic、Scope3といった主要ベンダーがコミットする「運動」であることを印象づけました。

出典:Brian O’Kelley LinkedIn Post

IAB Tech Labの反撃:「Agentic Roadmap」の公開

これに対し、IAB Tech Labは2026年1月6日、CESに合わせて包括的な「Agentic Roadmap」を発表しました。

彼らの戦略は明確です。「新しいプロトコルで業界を分断させるな」というメッセージの下、既存のOpenRTBAdCOM (Advertising Common Object Model)を拡張し、gRPCAgent2Agent(A2A)プロトコルを統合することで、既存インフラの上でエージェント取引を実現しようとしています。

現在の結論:適材適所のハイブリッド構造

現在、業界のコンセンサスは「ARTFかAdCPか」という二元論から脱却しつつあります。Benjamin Masse氏(Triton Digital)らが提唱するように、両者は以下のように役割分担される見込みです。

AdCP (戦略層): キャンペーン全体の「ポートフォリオ投資」判断、文脈理解、非同期な交渉を担当。「予算をどう配分するか(Allocation)」を考えます。
ARTF (執行層): ミリ秒単位の「デイトレーディング(入札)」、リアルタイムな執行を担当。「この1インプレッションの価値はいくらか(Valuation)」を判断します。

2. 【核心解説】AIエージェント同士はどう「交渉」するのか?

CES 2026で最も注目を集めたのは、「AIが勝手に商品を推奨・購入する」という体験の裏側にある技術です。これを理解するには、従来のSEO(検索エンジン最適化)から、AEO(Answer Engine Optimization)および「プロトコルベースの意図交渉」への転換を理解する必要があります。

ここでは、自社の「ブランドエージェント(売り手)」が、Google SGEやPerplexity、Walmart Sparkyといった「検索/回答エージェント(買い手)」と行う交渉の3ステップを解説します。

Step 1: 発見(Discovery)と「adagents.json」

まず、交渉のテーブルに着くためには、AIに「発見」されなければなりません。

ウェブサイトにrobots.txtを置くように、企業は新たにadagents.jsonというファイルを設置し、自社エージェントの所在や対話可能なプロトコル(AdCP/MCP等)を宣言します。これにより、検索エージェントは「このブランドはAI同士で話ができる」と認識します。

Step 2: 意図(Intent)の解釈とコンテキスト共有

ユーザーが検索エージェントに「娘の誕生日のために、環境に優しいユニコーンパーティを計画して」と伝えたとします。検索エージェントはこの曖昧な指示を分解し、ブランドエージェントへ問い合わせを行います。

ここで重要なのは、単なるキーワードマッチングではなく、MCP (Model Context Protocol) や UCP (User Context Protocol) を用いて「コンテキスト」が共有される点です。

・「予算は1万円以内」「配送は明日必須」「ユーザーはサステナビリティを重視」 といった詳細条件が提示されます。

Step 3: 動的オファーと自律的交渉

ここが最大の違いです。ブランドエージェントは、静的なカタログ情報を返すのではなく、その場の状況に応じた「条件付きオファー」を生成して投げ返します。

<交渉例>

・Brand A: 「価格は2,000円。在庫あり。」

・Brand B: 「価格は2,500円だが、今すぐ決済するなら10%OFFにする。かつ、サステナビリティスコアが高い素材を使用。」

・Brand C: 「紙皿とケーキをセットで買うなら(バンドル提案)、合計4,000円で即日配送する。」

検索エージェントはこれらを瞬時に比較し、ユーザーの意図(サステナビリティ重視ならBrand B、急ぎならBrand C)に最適なものを推奨します。Perplexityが導入した「Sponsored Follow-up Questions」も、この一種の交渉によって「次の質問枠」を勝ち取る仕組みと言えます。

<Perplexityが導入した「Sponsored Follow-up Questions」>

出典:Search Engine Land

3. 実装フェーズへ:CES 2026での主要発表

理論上の話であったこれらの仕組みが、CES 2026では具体的な製品として稼働し始めました。

Open Web陣営:Yahoo, PubMatic & Reddit

Yahoo DSP “Yours, Mine, and Ours”:
エージェンティックAIの実装において、最も体系的かつ哲学的なアプローチを提示したのはYahoo DSPです。2026年1月6日に発表された同社の新機能は、単なる自動化ツールの追加にとどまらず、広告主とプラットフォームの関係性を再定義するガバナンスフレームワーク「Yours, Mine, and Ours(あなたのもの、私のもの、そして我々のもの)」に基づいています。
従来、DSP(Demand-Side Platform)におけるAI活用は「ブラックボックス」化しがちであり、広告主はプラットフォーム側のアルゴリズムに予算配分を委ねるしかなかった。しかし、Yahooの新しいフレームワークはこの不透明性を構造的に解決しようとしています。

フレームワーク定義戦略的意義とインサイト
Yours (あなたのもの)広告主やパートナーが独自のAIエージェントをAPIやMCP(Model Context Protocol)経由で接続し、運用を行う領域。主権の回復: P&GやUnileverのような高度なデータサイエンスチームを持つ広告主は、プラットフォームのアルゴリズムに依存せず、自社の「頭脳」で市場を攻略できます。これはDSPを「判断者」から「実行基盤」へと変質させます。
Mine (私のもの)Yahooが独自に提供するタスク特化型エージェント。ペーシング(予算消化速度)の監視やトラブルシューティングを行う。運用の民主化: 独自のAI開発リソースを持たない中堅・中小広告主に対し、大企業並みの運用効率と監視能力を提供します。特に「トラブルシューティング」エージェントは、問題検知だけでなく、承認下での修正執行まで担います。
Ours (我々のもの)Yahooの膨大なオーディエンスデータとメタデータを共有し、共同で最適化を行う領域。プライバシーとコンテキストの融合: 生データを外部に出すことなく、プラットフォームの持つ文脈的理解(コンテキスト)を広告主の戦略に注入します。

このフレームワークの革新性は、AIの「主権(Sovereignty)」を明確化した点にあります。Yahoo DSPのゼネラルマネージャーであるAdam Roodman氏が「透明性やコントロールを犠牲にすることなく、より高速で柔軟な計画と実行を可能にする」と述べているように、これはAIに主導権を渡すことへの業界の根強い懸念に対する回答です。特に「Yours」の領域において、Model Context Protocol(MCP)を採用したことは、Yahooが自社を「閉じた庭(Walled Garden)」ではなく、外部の知能を受け入れる「ドッキングステーション」として位置付けたことを意味します。

出典:Yahoo

PubMatic “AgenticOS”:
サプライサイドのPubMaticはNvidiaと連携し、エージェント取引専用のOS「AgenticOS」を発表。秒間数百万回のAI推論を処理し、AdCPを通じてバイヤーエージェントと交渉する基盤を構築しました。

Reddit “Max Campaigns”:
Redditは、OpenAIとの提携以降強化してきたデータ活用を、ついに広告プロダクトとして結実させました。新機能「Max Campaigns」の発表です。 一見するとGoogle P-MAXやMeta Advantage+のような「全自動運用ツール」に見えますが、エージェント型広告の文脈で注目すべきは、その「文脈への適応能力」です。 Redditは「熱心な料理人」や「初めての親」といった細分化されたコミュニティ(Subreddit)の集合体です。「Max Campaigns」のAIは、単に入札を自動化するだけでなく、「Redditらしい(Reddit-y)」見出しやサムネイルを自動生成します。これは、AIが各コミュニティの「不文律」や「トーン」を理解し、よそ者(広告)としてではなく、コミュニティの一員(エージェント)として振る舞おうとする試みと言えます。Yahooが「交渉の自律化」を目指すのに対し、Redditは「文脈適合の自律化」でアプローチしています。

出典:Reddit

Walled Garden陣営:Walmart & Amazon

Walmart Connect:
広告業界がプロトコルで揉める一方で、小売業界(リテール)はエージェンティックAIを自社の生存をかけた「構造的優位性(Defensive Moat)」として配備しています。その最たる例がWalmartです。Walmartは2026年1月までに、顧客、サプライヤー、従業員向けの機能を統合した「AIオペレーティング構造」を完成させました。

特に注目すべきは、単一機能のボットを統合した「スーパーエージェント」の展開です。

a. 顧客向けスーパーエージェント「Sparky」

「Sparky」は、生成AIによるチャットボットから、物理的なアクションを伴うスーパーエージェントへと進化しました。

機能の深化: 単に商品を推薦するだけでなく、「冷蔵庫の写真を解析してレシピを提案し、不足している食材をカートに入れ、配送時間をスケジュールする」といった一連のタスクを自律的に完遂します。

戦略的意図: 顧客の「意図(Intent)」から「決済(Transaction)」までの全工程をWalmartのエコシステム内に閉じ込めることで、GoogleやAmazon、あるいは汎用AIアシスタント(ChatGPTなど)への離脱を防ぎます。

b. サプライヤー交渉エージェント「Marty」

B2B領域において配備された「Marty」(およびPactum AI技術)は、商取引の概念を根本から覆しています。

交渉の自動化: 「再販用商品」や「輸送ルートの運賃」に関する契約交渉を自律的に行います。人間であれば数週間かかる交渉を数日で完了させます。

圧倒的なスケール: Martyは2,000のサプライヤーと「同時に」交渉を行うことができます。これにより、従来は人間が対応コストに見合わないとして切り捨てていた中小サプライヤー(ロングテール)とも、個別の条件交渉が可能になりました。

成果: データによれば、AIエージェントによる交渉は68%の成約率を誇り、平均3%のコスト削減を実現しています。さらに驚くべきことに、75%のサプライヤーが「人間よりもAIとの交渉を好む」と回答している。感情的な駆け引きがなく、論理的で迅速な意思決定が行われるためです。

Amazon:
生成AIで強化された「Alexa+」を発表し、スマートTV(Ember Artline)やBMWなどの車載システムへ「アンビエント(環境)AI」として展開。家庭内の文脈を深く理解し、そこへ購買機会を組み込む戦略です。

代理店陣営:WPP, Havas & Omnicom

WPP “Agent Hub”:
同社のAIマーケティングプラットフォーム「WPP Open」内に、高度なAIエージェントへのアクセスを提供する「Agent Hub」を立ち上げました。WPPが長年蓄積してきた専有データ、戦略的ノウハウ、ベストプラクティスをAIエージェントとして体系化し、クライアントや全従業員(約10万人)が利用できるようにすることで、専門知識の民主化と成果の向上を図ります。特定のタスクに特化した「スーパーエージェント」が提供されます(例:ブランド分析エージェント、行動科学エージェント、類推エージェント、クリエイティブ・ブレインストーミング用エージェントなど)。

Havas “AVA”:
「Converged.AI」の一環として、新たなエコシステム「AVA」を発表。AVAは人間の創造性を置き換えるのではなく、「増幅させる」ためのツールと位置づけられ、CEOのYannick Bolloré氏は、これを「コラボレーションと創造性を再発明する触媒」と表現しています。従業員やクライアントが、安全かつコンプライアンスを遵守した状態で、信頼できるインサイトや独自のAIエージェントにアクセスできる「単一の入り口(ポータル)」として機能します。特定のモデルに依存せず、複数の最先端大規模言語モデル(LLM)に接続可能です。

Omnicom “Consumer Prompt Insights Agent”:
Googleとの戦略的パートナーシップのもと、「Consumer Prompt Insights Agent」を開発。消費者がGoogleの「AIによる概要(AI Overviews)」や「Gemini」に対して行う質問(プロンプト)からより深いインサイトを得ることを目的とし、単なる検索ワードではなく、「人々が何を問いかけているか」を分析することで、消費者の背後にある真の意図を理解しようとしています。分析したデータから「需要のトレンド」や「新たなプロンプトの兆候」を発見します。これにより、まだ世の中に存在しないが求められているコンテンツを特定し、作成することが可能になります。作成したコンテンツが再びAIに読み込まれ、ユーザーの質問に対する回答として表示されるようになるという、情報のループを最適化します。

4. フィジカルAIと「スクリーンレス」広告の台頭

ここまで紹介したディスプレイ画面内の交渉に加え、CES 2026で際立っていたのが、『画面の外』へと浸食するエージェントの存在です。

CES 2026のもう一つの主役は「フィジカルAI」でした。LGの家庭用ロボット「CLOiD」やスマート冷蔵庫、そして指輪型デバイス(Pebble)などの登場は、広告の接触点がスクリーンから物理世界へ拡張することを意味します。

画面のないデバイスでは、バナー広告は機能しません。ユーザーの「牛乳がない」という発話に対し、AIが「いつものブランドを注文しますか?」と提案する――この「提案」の枠こそが、エージェント間交渉によって取引される新たな広告在庫となります。

5. ロードマップ:2027年に向けて

CESでの発表とIAB Tech Lab/AgenticAdvertising.orgの動向を総合すると、今後のタイムラインは以下のように予測されます。

2026年(インフラ整備期):

IAB Tech Labの「Agentic AI Boot Camps」開始(2月)。
ブランド各社によるadagents.jsonの実装と、構造化データのAEO対応が進む。
Yahoo DSPやPubMatic AgenticOSでのA2A取引が本格稼働開始。

2027年以降(完全自律化本格始動):

各社のA2A取引が本格稼働が進み、人間は「承認ゲート(Approval Gates)」の管理に集中し、実作業はAIが代行する時代へ。
ポートフォリオ全体をAIが管理し、リテールメディアからCTVまでを横断したリアルタイムな予算配分が標準化していく。

6. 各ステークホルダーへの戦略的提言

この激変する環境下で、ブランド、エージェンシー、パブリッシャーはどう動くべきか。

6.1 ブランド(広告主)への提言

・「自社エージェント」の育成:
プラットフォーム提供のエージェントだけに頼ることは、再びブラックボックスに依存することを意味します。自社の1st Partyデータとビジネスロジックを学習させた「自社専用エージェント」を開発し、MCPを通じて各DSPに接続する準備を進めるべきです。

・AEO(Answer Engine Optimization)へのシフト:
SEOチームを再編し、AIエージェント(SparkyやAlexa+)の学習データに自社情報が正しく、魅力的に引用されるようなコンテンツ戦略(AEO)に注力する必要があります。

6.2 エージェンシーへの提言

・「運用」から「設計・監査」へ:
「入札単価の調整」という業務は消滅します。代わりに、クライアントの目的に合わせた「エージェントの選定・組み合わせ(オーケストレーション)」と、エージェントが暴走していないかを監視する「ガバナンス管理」が新たな付加価値となります。

・AdCP/MCPの習熟:
エンジニアリングチームを強化し、MCPを用いたカスタムエージェントの開発能力を持つことが、競合との差別化要因になります。

6.3 パブリッシャーへの提言

・「adagents.json」の実装:
ads.txtと同様に、自社サイトに「adagents.json」を設置し、バイヤーエージェントに対して自社の在庫や文脈情報を機械可読な形式で公開する必要があります。

・「引用」される価値の創出:
検索結果画面で完結し、サイト遷移しないゼロクリック現象によって、PVは減少します。AIの回答ソースとして採用されるための、高品質で信頼性の高いコンテンツ作りが、ブランド価値の維持に直結します。

7. おわりに

2026年のCESとそれに続く一連の発表が示したのは、デジタル経済が「静的なカタログと人間による検索」の時代から、「動的な交渉とエージェントによる執行」の時代へと不可逆的にシフトしたという事実です。

Yahoo DSPの「Yours, Mine, and Ours」は、この新時代における人間とAIの協働モデルのひな形が示されたように思われます。一方で、ARTFとAdCPの標準化闘争は、この新しい経済圏の主導権を誰が握るかという激しい綱引きが続いていることを物語っています。小売業界では、Walmartのような巨人が自社のデータを要塞化するためにスーパーエージェントを配備し、エコシステムの閉域化と効率化を同時に進めています。

マーケターに求められるのは、キーワードを選定することでも、入札単価を調整することでもありません。「自社のエージェントに、どのような交渉権限とブランドの文脈を持たせるか」という、AIのガバナンス設計です。

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