IAB Tech Lab「Agentic Advertising Initiative」およびロードマップ完全解説

2026年初頭、IAB Tech Labは、広告業界を次の段階へ進化させるための新プロジェクト「Agentic Advertising Initiative」と、その技術ロードマップを正式に発表しました。

これは、従来の生成AIブーム(コンテンツ生成)とは一線を画す、「自律的に交渉・取引を実行するAI(Agentic AI)」のための標準化構想です。

本記事では、公式イニシアチブの定義、ウェビナーで各登壇者が語った専門的知見、その直後に寄せられた業界の反響や、2月に控える技術ブートキャンプへの展望を統合し、このプロジェクトの全貌を解説します。

1. 定義:「Agentic Advertising」とは何か?

IAB Tech Labはこのイニシアチブにおいて、Agentic AIを単なる自動化ツールではなく、以下のように再定義しています。

定義: 自然言語や高度な推論を用いて、人間の代わりに自律的にタスクを遂行するAIシステム。

これまでのAIが人間の業務を「支援(Assist)」するものであったのに対し、Agentic AIは「発見(Discovery)」「交渉(Negotiation)」「実行(Execution)」の3段階を自律的に行います。

・Discovery: キャンペーン目標に最適な在庫やパートナーをAIが自ら探し出す。

・Negotiation: 価格や条件(納期、フォーマット等)をAIエージェント同士が交渉する。

・Execution: 合意に基づき、入札から配信、支払い処理までを完遂する。

2. 登壇者詳細解説:5つの視点から見るロードマップ

ウェビナーでは、IAB Tech Labのリーダーシップと業界パートナーが、それぞれの専門分野から「なぜ今、何が必要か」を語りました。彼らの発言は、このエコシステムを支える5つの柱(戦略、設計、監視、接続、速度)を表しています。

① 戦略とビジョン (Strategy)

Anthony Katsur (CEO, IAB Tech Lab)

・テーマ: 「革命ではなく進化(Evolution not Revolution)」

・発言要旨: Katsur氏は業界全体のリーダーとして、「既存インフラの保護」を強調しました。

・断片化の回避: 各社がバラバラなAIエージェントを作れば、市場は会話不能なブラックボックスだらけになる。共通言語(標準)が不可欠である。

・既存資産の活用: ゼロから新規格を作るのではなく、OpenRTBやVAST、AdCOMといった既存の成功した標準を「拡張」することで、企業の過去の投資を無駄にせずスムーズにAI時代へ移行させる方針を示しました。

② 技術アーキテクチャと標準 (Technical Standards)

Shailley Singh (EVP Product, IAB Tech Lab)

・テーマ: 「構造化された設計図」

・発言要旨: 技術責任者として、具体的な「技術スタック」の中身を解説しました。

・Agentic RTB Framework (ARTF): AIモデルを現在のRTB(リアルタイム入札)パイプラインに接続するための「コンテナ技術」を提唱。

・ハルシネーション対策: 生成AIは嘘をつくリスクがあるが、「OpenRTBのような厳密に構造化されたデータ形式を強制的に通す」ことで、AIの暴走を防ぎ、取引の確実性を担保する技術的利点を指摘しました。

③ ガバナンスと信頼 (Governance & Trust)

Dinesh Bhat (Co-founder & CTO, Hypermindz)

・テーマ: 「AIの監視と身分証明」

・発言要旨: AIエージェント管理基盤を提供する立場から、「勝手に動くAIをどう信用するか」を語りました。

・Control Plane(制御層): AIエージェントに予算権限を持たせる以上、人間がルールを設定し、AIの行動を監査できる「制御層」が必要である。

・Audit Trails(監査証跡): 人間が介在しない取引であっても、後から「なぜそのAIはその価格で入札したのか」を追跡できる仕組み(Mindchainなど)の重要性を強調しました。

④ 接続性とアイデンティティ (Connectivity & ID)

Christian Carlsson (LiveRamp)

・テーマ: 「エージェント間の相互運用性」

・発言要旨: データ接続の大手として、異なる陣営のAI同士をつなぐ課題について話しました。

・ID解決: クッキーレス環境下で、買い手エージェントと売り手エージェントが、互いに取引相手やユーザーを正しく認識するためのIDソリューションの役割。

・サイロの打破: 特定のプラットフォームに閉じこもるのではなく、オープンウェブ全体でAIエージェントが交渉できるようにするための「信頼の基盤(Trust Framework)」について議論しました。

⑤ インフラと実行速度 (Infrastructure & Speed)

Kainar Kamalov (CloudX)

・テーマ: 「マシン・スピードでの実行」

・発言要旨: クラウドインフラの視点から、「人間不在の超高速取引」を実現する要件を解説しました。

・gRPCの採用: 従来のHTTP通信よりも高速で効率的なプロトコル(gRPC)を採用し、ミリ秒単位の交渉を実現する。

エッジAI: AIモデルをクラウドの奥深くではなく、ユーザーや取引現場に近い「エッジ」で動かすことで、レイテンシ(遅延)を極限まで下げるアプローチを提示しました。

3. 実装計画:リファレンス実装とワーキンググループ

理論だけで終わらせないために、IAB Tech Labは実践的なアクションプランを掲げています。

A. リファレンス実装(Reference Implementation)の提供

エンジニアがゼロから開発する負担を減らすため、「標準規格に準拠した、実際に動くエージェントのソースコード(雛形)」をオープンソースで公開します。

・内容: 買い手・売り手エージェントのサンプルコード、MCPによる接続プロトタイプなど。

・メリット: 企業はこれをベースに開発することで、相互運用性が保証されたシステムを短期間で構築できます。

参考:IAB Tech Labが公開したAgentic AIリポジトリ

Buyer Agent:  https://github.com/IABTechLab/buyer-agent 

Seller Agent:  https://github.com/IABTechLab/seller-agent

Agentic Direct (純広告):  https://github.com/IABTechLab/agentic-direct

Agentic Audience (UCP):  https://github.com/IABTechLab/agentic-audiences

B. Agentic AI Working Group

現在、IAB Tech Labは会員企業向けに専門のワーキンググループを立ち上げています。ここでは、AI間の交渉プロトコルの仕様策定や、セキュリティ基準の議論が行われています。

4. 業界の反応:「Builders are back」

Anthony Katsur氏(IAB Tech Lab CEO)の投稿によると、ロードマップ発表とウェビナー開催の当日は、業界から大きな反響が寄せられました。

・「Builders are back」の真意: Katsur氏は、エンジニアやビルダーたちが再びAdTechの核心的な技術革新に戻ってきたことを歓迎しています。ウェビナーへの参加熱量やコミュニティからのフィードバックは、2026年が「実装の年」になることを示唆しています。

・次なるステップ:Agentic Bootcamp (2/12開催): この盛り上がりを受け、2026年2月12日(木)にはニューヨーク(IAB Ad Lab)にて、初となる対面イベント「Agentic Bootcamp – Session 1」が開催されます。 ここでは、発表されたロードマップを基に、Google、AWS、Microsoft、LiveRampといった主要企業のエンジニアたちが集結し、実際のコード実装や優先順位に関するディスカッションが行われる予定です。

5. 今後の展望とアクション

2026年は、広告取引が「人 対 人(の手動調整)」から、「AI 対 AI(の自律取引)」へと本格的に進化する元年となります。

業界関係者が取るべきアクション:

1. Agentic Working Groupへの参加: 規格策定の最前線に立ち、自社の要件を標準に反映させる。

2. リファレンス実装の活用: 公開されるコードを用いて、自社サンドボックス内でAIエージェントのプロトタイプを作成する。

3. ガバナンスの設計: AIに決済権限を持たせるための、社内のセキュリティおよび監査体制(Human-in-the-loopの排除または再設計)を検討する。

「Agentic Advertising Initiative」は、AIがブラックボックス化することを防ぎ、透明でスケーラブルな未来を作るための、業界全体の挑戦と言えるでしょう。